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カナダは公用語が2つ、
英語仏語です。


カナダ政府の重要な告知や
首相の会見
などがあると、
必ず英語仏語の両方で話します。


でも英語話者の方が俄然多いし、
公用語が2つあるからといって、
誰もが両方理解できるわけでもありません。


ですから大抵、
まず英語で、次に仏語で、
同じ内容を繰り返す
わけです。



今朝のニュースで、
10月の総選挙が告知されました。

トリュドー首相は記者団の前で、
英語で「首相として、党首として
カナダのために前進します」的なことを述べ、
続いて、同じ内容を仏語で繰り返しました。


でね、その仏語部分になったら、
首相の声に覆いかぶさるように、
同時通訳の英語が流れてくる
んです。


私は仏語は解らないので、
英語にしてくれるのは助かるけれど、

「ねぇ、今そこで同時通訳って要る?」
って思いました。

だって数秒前に同じ内容のことを、
先に英語で言ってたんだから



むしろ、英語がメジャーなここらにいる
仏語系カナダ人は、
「わぁー!英語ジャマーッ!!
仏語聞かせてーッ!」

って思ってるんじゃない?



仏語のケベック州だったら、
首相が英語でしゃべった部分に
仏語の同時通訳つくのかな?

もし私がそこにいたら、
「わぁー!仏語ジャマーッ!!
英語聞かせてーッ!」

と思うに違いないんだけどなぁ。



両方の言葉が
国内全体で共存できるから公用語
なのであって、

国民全体に知らせたい重要なことを
英語圏なら英語
仏語圏なら仏語
同時通訳されちゃったら、
公用語の意味、ないじゃん・・・




な~んてことを思った
総選挙の告示ニュースでした。


今は公用語なんちゃらよりも、
誰に一票投じるかの方を
もっと真剣に考えねばならん時ですが






2019.09.11 Wed l カルガリー・アルバータ・カナダ l コメント (0) トラックバック (0) l top
2~3日前にネットで読んだんですけど、
アレクサ男はなぜ嫌われるか?」という記事です。


昔から、アッシーだのメッシーだの、
電車男だの草食男子だの・・・
いろんな男が出てきちゃ消えて行ったけど(笑)、

今度はアマゾンのアレクサにも「男」がついたか!



でね、記事を読んで、ネットでCMも見ました。


私としては、料理作るのはOK。
肉じゃががカレーになるのもOK、だけど
「母さんの味」はやっぱりちょっとゾゾッ・・・かな。
それ、言わせなくちゃならない?って思いましたね。

「何か違うな」とか「思った味じゃないな」
みたいなセリフでも、
後にお母さんが出てくるんだから、
彼がお母さんの味を出そうとしてるのは解りそうじゃない?

一番イヤっていうか、
日本人らしくないなと思ったのは、
その記事にも書かれていたのですが、

お母さんに「ありがとう」を言わずに、
「アレクサ、通話終了して!」
ってやっちゃうところ。

親しき仲にも礼儀ありじゃない、ね?
お母さんに失礼だよって。



こちらで見られるアレクサのCMは、
日本のとは男女の設定が逆です。

が来客(彼氏)のために
オーブン料理をするんだけど、
焦がしてしまうんですよ。

で、お父さんに「助けて~!」

お父さんはまるで違う料理(パスタ)
を教えてくれて、
ピンポーン!彼氏到着。

娘:「私、ちゃんとしてる?」
父:「パーフェクト」
娘:「ありがと!」
父:「彼氏の名前は?」
娘:「アレクサ、切って」


アレクサ男バージョンと比べて、
会話をプッツンしても(されても)
何となくクスッと微笑んじゃう感じがしませんか?


お父さんに、
直接料理の手伝いに対してではないけれど、
自分の身なりにパーフェクトと言ってくれたことも含めて
ちゃんと「ありがとう」が言えていること。

この「ありがとう」があるから、
通話を一方的に切っても、
そんなに失礼な感じがしないんだと思います。



それと、お父さんのセリフが、
単に彼氏の名前を尋ねていることですね。

日本のお母さんは
「今度は」って言っちゃってるから、
女性の受けが悪い。

それと、「どんな子?」の「子」も、
あんまり感じが良くない
気がする。

母親が知りたがるのは当然だし、
日常ではこんな言い方するでしょうけど、
全国区のコマーシャル、万人受けを狙うなら、
「どんな人?」
で良かったんじゃない?



いやぁ、言葉ってホントに難しいんですよね。

ウチの息子らに「万が一にも」彼女ができたら、
アレクサ母のような言葉遣いをしないよう
気をつけます。

そんな心配なさそうだけど~・・・(タメイキ)






2019.09.09 Mon l しょーもない話 l コメント (2) トラックバック (0) l top
毎夏、主人はアルグラ(ルッコラ)やパセリ、
数種類のトマトやピーマンなど、
自分が食べたい野菜を育てます(笑)。


草モノはどんどん育つので、
気候が暑くなった頃に
惜しみなく摘んで食べて終わります。

トマトはなかなか赤くならないので、
まだ収穫はできませんが、
ピーマンの類は今景気良く稔っているから、

今日はピーマン系の話。



主人唐辛子が大好きですが、
私は苦手なので、
レシピにあって必要なとき以外は
買わないし使いません。

だから自分で作ることにしたわけです。



でも、今年から作り出したのは、
辛くない普通のピーマン

bell

ここらでピーマン(ベル・ペッパーと呼びます)を買うと、
たいてい左側一番手前のサイズ、手のひら一杯です。
ともかく大きくて肉厚。味も濃い。

右側一番手前の小さいピーマンが、
普通日本で売っているピーマンに近い大きさです。

トルコでもピーマンのサイズは
日本のような小さいものが普通で、
それに詰物をする料理が美味しいんです。

主人それを食べたくて(作って欲しくて)
育てた
んだけどね・・・。
ほとんどベル・ペッパーになっちゃってるよね・・・(笑)。



毎年欠かさず作っているのが
このハラペニョ・ペッパー

Harapeno

主人薄い輪切りにして
サラダに混ぜて食べたり、
オムレツに入れたりしてます。

そ、辛いものに触る料理は、私はしないの(笑)。




これも毎年作っている唐辛子です↓

hot

名前が判らないんですが、
かなり辛いブツらしいです。
青いうちから食べられるけど、
赤くなればなるほど辛味も強くなるんだそうです。
見た目はとっても可憐なんだけどな・・・。




こちらは今年の新人、ハバネロ・ペッパー

Habanero


人差し指の先ほどのちっちゃなサイズで、
可愛らしく綺麗な橙色なのですが、
辛さはそんじょそこらの唐辛子の比じゃない。


父親譲りで辛いもの好きな次男が、
試しに一つ切ってみました。

切ってパクッとやって、
口の中が大火事になるとマズいから
といって、

切るときに小さいペッパーを押さえていた
左手の人差し指を
舌の先でチョロッと舐めたら・・・


わーっ!わーっ!!わーっ!!!

叫ぶわ、地団駄踏むわ、飛び跳ねるわ・・・

大慌てで冷蔵庫からヨーグルトを出して食べてました(笑)。


笑い事ではないんですけど、
ちょうど夕食時でしてね、
次男

今、何食べてもぜんぜん味がわかんないよ~!

って涙目+鼻水(笑)。

って言うくらいの辛さだったらしいです。




激辛唐辛子が食べたかったはずの主人はまだ、
挑戦すらしておりません(笑)。


このままお皿の上で干からびていくのかもしれないねぇ、
ハバネロさん・・・。







2019.09.08 Sun l 家のこと・日々の暮らし l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日、こんな郵便物が届きました。

大きめの封筒で、分厚くて何か入っています。

envelope

宛名より先に、
「I need your help!」っちゃ・・・。


これ、毎年クリスマスとイースターの時季に多い、
何らかの非営利団体から届く、
寄付を募る封書
なんです。


中身は何か?っていうと・・・

contents

数種類のクリスマス・カードと封筒のセット
マッチしたシールにボールペン
そして、忘れちゃいけない、
寄付金の記入用紙と返信用封筒です。

「これだけ差し上げますから、寄付してね♪」
って、先にお礼を送りつける方式

今日のはHeart & Stroke財団といって、
心臓の健康を促進研究する団体ですが、

似たような、様々な病気(癌や多発性硬化症など)の
患者のサポートや治療法の研究を援助する団体や、
キリスト教系の援助団体など
が、

一筆箋のようなメモ用紙、
何十枚もの名入れの差出人シール、
化粧ポーチ(のような小袋)やエコバッグなどなど


クリスチャンの団体からは、
ロザリオを送ってきたこともあるし、
どこだったか5セント硬貨が入ってたりも・・・。



年に少なくとも5~6回は受け取るんですが、
使えるものはいただいときますが、
私、寄付はしておりません



こういう寄付金の募り方って、
「タダで貰っちゃ気が引ける」
ってところに付け込んでて、
厚かましいっていうか、
こすからいっていうか。

だから、
その手に乗るもんかっ!
ついつい反抗したくなる。


というかね、
ノベルティもどきのものを製作して
送りつける費用があったら、
そのお金もっと稔りある何かに使ったら?

って思うんですわ。


これだけの品を用意する費用と
市内の何百人だかもっとだかに送る郵送料という
バカにならない金額かけて、
一体どれくらいの寄付を取れてるのかって
その収支を知りたい
ものです。



ホント、使えるモノならまだしも、
キリスト教徒でもないのにロザリオ貰っても、
悪いけど、寄付する気にはなりませんわ・・・






2019.09.06 Fri l カルガリー・アルバータ・カナダ l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日の月曜日が祝日でお休みだったので、
今日3日から新学期です。


次男が去年大学を卒業し、
長男も去る5月に専門学校を卒業。

朝8時から始まる学生生活がなくなったので、
私も今年度からは5時起きする必要がなくなりました


今日からは主人だけに合わせれば良いので、
私は6時半~7時の間に起きれば間に合います。
1日をスタートするのに、
早すぎず遅すぎず
ちょうど良い時間
です。



これまでずっと、
主人の出勤時刻よりも
息子らの家を出る時刻の方が格段に早かった
ので、
私は、子供たちの登校・登学に合わせて
自分のスケジュールを組み立てていました



もう、その必要がない。
時間配分は、私の自由!



まだ2人とも自宅にいるので、
巣立ちというわけではないけれど、

何となく、親としての仕事に
一区切りがついた
ような気がして、

解放されたような晴れ晴れした気分
もう必要とされなくなったような
一抹の寂しさとを感じた朝でした。




な~んて言ってるのも多分今日だけ。

もう明日のスケジュールも
明後日のも決めてある!


好きなときに出掛けて
好きなときに帰って来ても
オサンドンさえ用意すれば、
誰にも文句言われないもんね~。

わ~い、自由だ~!ふりーだむだ~!!




2019.09.03 Tue l 家のこと・日々の暮らし l コメント (0) トラックバック (0) l top
先週末前くらいから、
テレビやラジオのニュースに頻繁に出てくる
「Amazon is burning.」という言葉。

先日のG7でも取り沙汰された、
ブラジルのアマゾン熱帯雨林の
大規模森林火災
のニュースです。



が・・・。

私は最初にニュース番組で
「アマゾンが燃えています。」
と聞いたとき、

あら、アマゾンの本社か何かが火事!?

って、聞き耳たてちゃったんですよ。

そしたら、本屋じゃなくて
本当のアマゾンが燃えている
っていう・・・(苦笑)。



たいへんな被害に遭っている
熱帯雨林には申し訳ないのですが、

昨今の私の生活には、
Amazonといったらオンライン・ストアの方が
うんとうんとう~~~んと身近になってるんです。


日本の本・雑誌、DVDやCDは
Amazon Japanに頼りっぱなしだし、
Amazon Canadaからは、
エクササイズ用具やエレクトロニクス製品、
ティッシュペーパーに猫砂、
昨日はフライパンも注文しちゃったくらい。

だから、火事って聞いて
てっきりお買物のアマゾンだとばかり・・・(頭カキカキ)。



でも、多分そういう反応したのは
私だけじゃないと思う


だってね、試しに天下のグーグルさんに訊いてみて

「アマゾン」て検索すると、
日本語なら「Amazon.co.jp」のサイトが、
ここで英語だと「Amazon.ca」のサイトが
真っ先に結果として出てくるもん。

アマゾン川とか熱帯雨林とかは出て来ないですよ。


それくらい、アマゾンという会社の存在は大きい
まぁ、もしかしたら世界中にあるアマゾン
社屋面積を全部足したら、
ホントにご本家の熱帯雨林よりも
広くなるのかもしれない
けどね・・・。



至極便利なアマゾン
手広く商売するのは嬉しい
けれど、

様々な動植物が生息するアマゾン火災は、
これ以上広がらないうちに
鎮火して欲しい
です。






2019.09.02 Mon l 日本・世界の出来事 l コメント (0) トラックバック (0) l top
またアメリカで、
銃の乱射事件が起きましたね。

また、です。

何度も何度も人々が
「銃規制の厳重化を!」
と叫んでも何も変わらず繰り返される悲劇・・・。



一般人の銃所持が合法化されていない
日本で生まれ育った私には、

ライセンスを取得し、銃を登録しておけば、
成年個人の銃保有が合法的に認められていること自体が
何とも物騒
に感じられます。


例えば、
牧場主が家畜を野生動物から守るため
ライフルなどを所有するのは、
言ってみれば職場の備品のようなもので
必要不可欠なことだと思います。



けれど、
普通に市井で暮らす人々が、
銃を所有する必要性って、
あるのかしら?
って思うんです。




多分銃を持っている人たちは、
「護身用、自分の身を守るため」
という理由でライセンスを取得し、
銃を購入、登録しているでしょう。



それでも私は考えずにいられないんです。


護身ではあるけれど、
裏を返せば、
わが身に危険が迫った時に、
その危険の元凶である相手を
傷つける・殺めることを無意識に肯定
している、と。

「危険な場面に遭わなければ使わない」
というのかもしれませんが、

私が薄ら寒く感じているのは、
銃を保持することの根底にある、

「わが身か相手か?という事態に陥ったら
相手を殺しても仕方がない・殺すしかない


という考え方の方なんです。


毒をもって毒を制す
という感覚なのだろうけれど、

きっと銃を所有すると決めたその時点で
真剣に考えているのは、
我が身を守ることだけ
でしょうし、
当然ながら、そうした危険が迫ったときを想像しても
逆に自分が相手を傷つけたり命を奪うことなぞ
まるで思いも及ばない
でしょう。、


銃を合法的に所持しようという考えの中には、
誰もがたった一つしか持たない
命の存在が忘れられている
ような感じがするのです。


合法であれ非合法であれ、
銃の類を持つことが、
いつかどこかで、
いかなる事態や理由であれ、
他人の人生を変えてしまったり、
その生命を断ち切ることもある


その重たい結果を受け止める
覚悟を持てるか?



・・・そうでなければ銃なんてものは、
そんなに軽々しく持つものじゃない、
ウォルマートみたいなところで
売るべき商品じゃない

と思います。



銃だのライフルだのの飛び道具が
あまりにも身近にあるここ北米では、
今更銃規制を厳しくしたところで、
焼け石に水でしょうが、

何もしないでいたら、
同じような乱射事件は減らない
でしょうし、
犠牲者や遺族の心は鎮まりません。


ただライセンスを取ればいい、
登録すればいいというのではなく、

銃を持つ・使うことで起こりうる状況・結末や
そこから生じ、多分残りの人生ずっと抱えることになる
精神的苦痛と重責
まで、
しっかり深く考えるような場を
もっと広く多く作る
ことから始めたら、

銃を所持しようとする人を減らせないか?

そんな風に思いました。
(甘っちょろいのは解ってるけど・・・)




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