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今日は愚痴です。



つい今しがた、に電話をかけました。

先週は一度しか電話できませんでしたから、
今日はほぼ1週間ぶりです。

「元気?」 「元気だよ~」の、
お決まりの問答のあと、

近付いている台風の影響を尋ねたら、
どうも台風のことなどまるで関知していない様子。
「あら、台風明日来るらしいね。今テレビで言ってる!」
などと暢気なことを言う始末
でした。

まぁ、鉄筋コンクリートの頑丈な建物だし、
その3階に住んでいるのだから、
よほどの強風大雨でもなければ、
のところまで被害は及ばないだろうと思います。





その辺りの会話まではいつものことなので、
私も、の口調にはあまり心配していなかったのですが、


まだたいしたおしゃべりもしていないのに、


「わざわざご心配いただいて恐縮です。
お久しぶりに声を聴かせていただいて、
嬉しかったです。
お元気でお過ごしください。
ごめんくださいませ。」



と、妙に他人行儀な言葉遣いで、
さっさと電話を切られてしまいました・・・。

え?あ、あれ?と戸惑っているときに、

は、電話の相手が私だと認識できてなかったのか?」

という疑問が浮かびました。



でも、最初の「もしもし?りんごだよ。」には、
いつも通り反応してたから、
私だとちゃんと判っていて
「元気?」 「元気だよ~」が言えたんだと思うのですが。

台風の話なんか持ち出してる間に、
誰と話しているのかすら忘れちゃったのか?
それとも最初から他の誰かと人違いされてたのか?
不安になってしまいました。




8月の初めまではフェイスタイムもできていたのですが、
ある日、の頭からケイタイと充電ケーブルが抜け落ちて、
アイフォンもケーブルも失くしてしまいました


それ以来、お互いの顔を見てしゃべることも
なくなりました。
とても残念です。

の認知症の症状は
思いのほか進んでいるのかもしれません・・・。



この頃のことを考えると、
その瞬間に気持ちがドン!と落ち込みます
夜も眠れなくなります

なので、親不孝者だと解っていても、
敢えて、に思いを馳せることを避けています


ごめんね、お母さん・・・。





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2018.09.29 Sat l 自分のこと・家族のこと l コメント (2) トラックバック (0) l top
今月から新学期
ウチの長男の、学生としての最後の年
(になってほしいのだが~)が始まって
3週間が経ちました


長男の学校は朝8時の1限から、
午後は4時に終わったり
6時近くまで授業があったりと、
かなりビッシリ忙しいです。

当然のことながら、私も息子に合わせて
5時起きしてるわけで、これがね・・・。
夏の間のグータラがなかなか抜けないので、
朝の二度寝が止められなくて困っています



そのグータラを止めたくて、
エアロビクスとスイミングとピラティスを、
毎日午前中に組み込んでいる
のですが、


何しろ朝6時50分に長男を駅まで送って帰宅すると、
そこでまず、余っていた眠気がドッと押し寄せてきて、
1~2時間眠ってしまう
のですわ・・・。

二度寝してもエクササイズの時間に間に合っちゃうのも
眠気に拍車をかけてるような気がします(笑)。



毎日運動して帰ってきて、
昼食を済ませると、また、寝ちゃったりするし・・・。


朝1~2時間寝て、午後も1~2時間、
夜は最低6時間眠っているわけで、
1日の睡眠時間は合計で8~10時間です。

2~4時間も朝寝・昼寝した挙句、
夜だってちゃんとぐっすり眠れる私は、
どこかに問題があるのでしょうかねぇ?


寝過ぎだよな~と思いつつ、
どうしても睡魔に負けてしまう今日この頃。

春眠以上に、秋眠暁を全く覚えない私
マズいですよねぇ、やっぱり・・・(笑)




2018.09.21 Fri l 自分のこと・家族のこと l コメント (0) トラックバック (0) l top
母にはアイフォン5Cを持たせています。

カルガリーの友達から、
日本のご両親とお孫さん(子供たち)が
フェイスタイムで会えて喜んでいる

と聞いたのがきっかけです。

おおっ、なんと良いアイデアではないか!


そこで、2014年に帰省した際、
「携帯、替えない?」と話を持ちかけたところ、
当時まだ新しいもの好きだった母は、
テレビ電話(笑)ができるのはいいね!」と
即座に携帯屋さんへ出向き、
ガラケーからアイフォン5Cに乗り換えたのでした。


タップだのスライドだのの操作に
なかなか慣れることができなくて、
使える機能はカメラとテレビ電話
出掛けるときの携帯電話だけ
でしたが、

こちらの意図はフェイスタイムでしたし、
母もときどき孫たちの顔を見られて
嬉しそうでした。



そのアイフォンもいつの頃からか
フェイスタイムで呼んでも応答がなく、
電話で「テレビ電話どうしちゃったの?」と尋ねれば、
「えっと、どこに置いちゃったかな?探しておくよ。」
を繰り返すようになって、
私も何でも電話で済ませるようになっていきました。


今回母の居室へ行ってみれば何のことはない、
アイフォン5Cはハンドバッグに入れられたまま、
電池切れで放置
されていました・・・。

もう以前のように一人で
出掛けることもなくなったせいでしょうか、
母の頭の中には
携帯電話の存在すらないのです。



母とホテルに滞在中、
私のアイパッドと主人のアイパッドで
フェイスタイムをし、
婿さんと孫たちの顔を見れば
それは嬉しそうにはしゃいでいた母


ですから、母には
「お母さんのケイタイと私のこれ(アイパッド)とで、
今みたいなテレビ電話しようね」
と話しました。



母を施設の居室に送り届けた日、
充電しようにもコードを失くしていたので、
それも買い求めて繋げて来たのですが、

東京滞在中にフェイスタイムを試したら、
母のアイフォン5Cは呼べども呼べども応答なし。

普通に電話して訊いてみれば、
「何のコードだか知らない」と抜いてしまい、
充電されていないアイフォンはまたバッグの中へ・・・。

つい前日のことなのに、記憶に残らなかった・・・。
そうなることは予測可能だったはずなんだけど。



カナダに帰ってすぐにトライしたフェイスタイムも、
コードは抜かれ、アイフォンはバッグの中でしたが、
電話で話しながらコードを探させて、
アイフォンに繋げさせて、

「絶対に、絶対にコード抜かないでね。
テレビ電話できなくなるから。」

ちょっときつく言い聞かせ、

翌日はまず電話で
「今からテレビ電話するから」
と、受話器を持ったままフェイスタイムの呼出し。

何とかフェイスタイムが繋がって、
お互いに顔を見ることができたら電話を切って、
フェイスタイムでおしゃべりの続きです。

顔を見て話をすると、
母のほころぶ笑顔にホッとします。
母も、私だけでなくウチの人たちや猫も見えて
楽しそうです。



それ以来週に2回はフェイスタイムです。
電話だけでも母には充分
刺激になっているとは思いますが、
相手の顔を見ながら、
周りの様子を見ながらのおしゃべりは、
淀みがちな母の脳味噌を、
少し大きくかき混ぜているように見受けられます。



今日は満開の芍薬やコスモスなど、
庭の様子と割り込んできた猫を見せてみました。

「あ~楽しかった。また見せてね~。」

ニコニコ顔とはずんだ声に
ちょっとは母の頭の中も活性化されたかな?
と思いました。


こんな程度で認知症の進行を
遅らせることができるとは思えませんが、
誰だって嬉しいこと楽しいことは
多い方がいい
ですもんね。


フェイスタイムに感謝です(笑)。





2018.06.24 Sun l 自分のこと・家族のこと l コメント (2) トラックバック (0) l top
日本から戻って1週間が経ちました。

あれから電話で話をする母は、
不思議と私がカナダへ帰ったことを
理解できているような口ぶりです。

あるいは、
直近のことをすぐ忘れる・憶えていられない
認知症の症状
のせいで、
私が日本で母と過ごしたことを
忘れてしまったのかもしれません。

多分後者でしょう・・・。




認知症だのアルツハイマーだのという言葉は、
もうずいぶん昔から見聞きしてきました。


年を取ると誰も、
物忘れが酷くなるものです。

現に私だって、
「あ、洗剤切れてた。買わなくちゃ!」
と思い出したその時に買物メモに書かずにいると、
とことん忘れたまんまです。

書いたとしても、
その買物メモを持たずに
家を出てしまったりもします。

で、また洗剤の空き瓶を見て、
「しまった・・・。また忘れちゃった・・・」

けれど、この1つの忘れ物は、
記憶のどこかで繋がっているから、
「まただ・・・」と繰り返され、
自責の念が頭をもたげるのですが、


母の頭の中では、
1つの忘れ物はその都度、
きれいさっぱり消去されてしまうので、
いつも新たな忘れ物
だと解りました。


私がいくら
「さっき言ったじゃない」とか
「もう済ませたよ」などと言ったところで、
彼女にとってはいつも初耳




母のような症状を持つ人と向き合うとき、
「記憶していたものを失くした」と考えがちなので、
思い出させようと躍起になってしまって、
こちらが辛抱を迫られる状況になると思うのです。



今、母との会話を思い起こすと、
彼女の脳味噌は流れる川のよう。

私が水面に笹舟を置くけれど、
どんどん流されて記憶に留まらないのです。

母が何かをしようと思ったときも
その何かをしたときも、
母の笹舟はスーッと流れていってしまいます。

そして同じ何かがまた、
彼女の脳味噌の川に浮かんでは
流れていく・・・。



そう思えるまで、
「なんで忘れちゃうんだ?」
「何回言ったら覚えられるんだ?」
と、何度も同じことを繰り返されて
イライラするし泣きたい気分でしたけど、

流れる川なんだと思ったら、
何度でもしつこく根気良く
笹舟を浮かべるしかないんだな~
と・・・。



ということに、
つい昨日気づきましたよ・・・。

日本で母と一緒に過ごしているうちに
そこに気がついていたら、
もっと穏やかに接していられたと思います。



でもきっと、次に会うときには
流れる川対策だけでは
太刀打ちできなくなってるかもしれないのだなぁ・・・。

認知症患者対応策について、
積極的に調べていかねば!!








2018.06.20 Wed l 自分のこと・家族のこと l コメント (0) トラックバック (0) l top
今年になって、日本にいる母の様子が
少し心配になってきました。


特段大きな問題はなくても89歳ですから、
頭のネジも体のネジも、
あちこち緩んできたって不思議ではありません。




先日電話でお墓参りの話になりました。

私にとってお参りするお墓といえば、
父方の祖父母と父が眠っている場所
で、
私が生まれて育った土地にあります。
私が帰省するたびに、
必ず母を伴ってお参りをしてきました。


それがどういうわけか、
今回の電話の会話では、
母の考えているお墓参り先は、
母の両親が眠る墓地「しかない」

と言うのです。



絶句してしまいました・・・。


今の母にとってはもう、
嫁いだ先のお墓は、
そこを離れて長くなったこともあるのでしょう、
自分に身近なお墓ではなくなったのだと、
まるで最後通牒を突きつけられたような
ショックでした。


今暮らしているところは、
母の弟妹にも近く、
母が弟(私の叔父)を訪ねれば、
両親の仏壇に手を合わせるし、
もちろん母の両親の墓所も近いのです。


多分私と2~3年に一度お参りするお墓よりも、
ずっと親しみを感じるお墓なのですね。




母にとってのお墓の優先順位が変わったことを
悲しいとか寂しいとかは思いません。

ただ「しかない」と言い切られた瞬間は
あまりに想定外の言葉だったので、
かなりびっくりしました。




電話を切ってから思ったのですが、

私にとっての「家族」と、
母にとっての「家族」が
今は違っている
のだ・・・と。



よく言われる諺
「遠くの親戚より近くの他人」
みたいなもので、

遠くのお墓に眠っている父よりも
近くのお墓の両親の方が、

遠くに暮らしている私よりも
近くの弟妹たちの方が、

ずっと身近で情が通い合っている
と、感じているのでしょう。


となると、正直なところ少し寂しいけれど、
母が頼りにできる距離にいない娘、
そういう生き方を望んでしている娘ですから、
仕方ないですね。




このまま母の頭のネジがどんどん緩んだら、
私、マジで忘れられてしまうかもしれません。

できるだけ親孝行して
記憶に留めておいてもらわないと・・・ね!









2018.05.24 Thu l 自分のこと・家族のこと l コメント (2) トラックバック (0) l top